はじめに
ペルソナ。マーケティングの世界では当たり前に使われる言葉ですね。対象の商品やサービスの対象となる顧客モデルのことです。
よりその人物像を細かく設定し、対象の輪郭をはっきりさせていくことで、これから開発していく商品やサービスの方向性も絞られてきます。ですので、一般的には商品などの開発の際に使用される概念です。
ただ実は、取説の世界においても、このペルソナは大切だと言われています。
読み手の立場に立って取説を作る。そのためには「読み手は誰なのか」を知る必要があります。正直、読み手は様々です。ただ、「こういった人に向けて、わかりやすい取説にしたい」と思うテクニカルライターは、ある程度読み手の想定をします。その想定をチームとして共有するためにも、ペルソナの設定は大切です。
ただ、取説の制作チームだけでペルソナを決めるわけにはいきません。
対象の商品・サービスの開発チームが設定したペルソナがあると思われるからです。
ここに取説におけるペルソナ設定の難しさがあります。
システムキッチン開発におけるペルソナを考えてみる
たとえば、システムキッチンを開発しているメーカーにおいて、商品開発の際にどのようなペルソナを考えるのか、を例にあげてみます。
ペルソナ:共働き・子育て世帯の「時短重視ママ
基本プロフィール
名前:斉藤 紗耶香さん
年齢:38歳
家族構成:夫、子ども2人
住まい:郊外の戸建て/築12年
職業:事務職・時短勤務
世帯年収:700〜900万円程度
検討シーン:リフォーム、または中古住宅購入後のキッチン入れ替え
ライフスタイル
平日は仕事と家事、子どもの送迎で忙しい。
料理は嫌いではないが、毎日時間に追われている。夕食づくり、片付け、翌日の準備までを効率よく終わらせたい。
休日はまとめ買いをすることが多く、冷凍食品や作り置きも活用している。
現在のキッチンへの不満
調理スペースが狭く、同時作業がしづらい
洗い物や調理中のゴミ処理が面倒
収納が足りず、調理器具や食品ストックが散らかる
掃除に時間がかかる
子どもが手伝おうとしても作業しにくい
求めている価値
単に「おしゃれなキッチン」ではなく、
一番のニーズは、毎日の家事負担を減らしてくれるキッチン。
響く機能
広めの作業スペース
汚れがつきにくいワークトップ
掃除しやすいシンク
引き出し式の大容量収納
調理家電をすっきり置ける設計
家族で並んで作業しやすいレイアウト
食洗機との相性
このペルソナをもとに決められた商品コンセプト
高級感よりも「毎日使ってラク」と思っていただける実感を重視。時短・収納・掃除性がキーワード。
このような商品コンセプトが決まり、そこから商品が開発されていきます。そして、商品開発の最終段階に入ったくらいで取扱説明書の制作はスタートしていくことになります。
このシステムキッチンの取説制作チームがまず考えることとは?
このシステムキッチンの取説制作チームは、商品企画チームや設計チームから、この商品のコンセプトや、説明して欲しいポイントなどをヒアリングしていきます。
そこでは、上記に記載したようなペルソナについても話を聞くはずです。
そして、取説制作チームは、「ペルソナに届く取説を作りたい」と考えますので、このペルソナに響く内容を取説に入れ込みたいと考えます。
たとえば、このような内容が考えられます。
今回の商品の取説における基本方針
全部読ませる方針にしない
共働き・子育て世帯は、とにかく時間がありません。
取説を最初から最後まで読む人は少ないと考えた方がよいと取説制作チームは考えました。
そのため取説は、「困ったときに、すぐ答えが見つかる構成」にする必要があります。
たとえば、
- 初めて使うとき
- 毎日のお手入れ
- 汚れが気になるとき
- 子供が触る可能性があるとき
- 故障かな?と思ったとき
- 長くきれいに使いたいとき
といった、生活シーン別に情報を探せる構成が望ましいと考えます。
盛り込みたいと考える内容
まず最初に見る「かんたんスタートガイド」
取説の冒頭に見開き1〜2ページ程度のスタートガイドを入れると効果的だと考えました。
内容例
最初に確認すること
使用前に外す部品・保護材
各部の名称
最初にやってはいけないこと
最低限知っておきたい安全ポイント
毎日のお手入れの基本
特にこのペルソナの場合は、商品引き渡し後すぐに生活が始ま流ことが予測されます。
基本的にはシステムキッチンの場合、取説を見ずに使用開始されることが多くはありますが、「とりあえず、ここだけ見れば使い始められる」というページがあると安心感が出るはずです。
忙しい人向けの「時短お手入れガイド」
このペルソナに最も響くのは、日々の掃除・片付けのラクさではないでしょうか。
取説でも、単に「お手入れ方法」を書くだけでなく、どの頻度で、何をすればよいかを明確にすると使いやすくなります。
内容例
毎日のお手入れ
シンクの水気を軽く拭き取る
ワークトップの汚れを拭く
排水口のゴミを捨てる
コンロまわりの油はねを早めに拭く
週1回のお手入れ
排水口部品の洗浄
レンジフードまわりの確認
収納内部の汚れチェック
水栓まわりの水垢対策
月1回のお手入れ
換気扇・フィルターの確認
引き出しレールまわりの確認
コーキング部分のカビ・汚れ確認
食洗機まわりの確認
“毎日はこれだけでOK”という表現を盛り込むことで、ペルソナの心理的なハードルを下げることも意識していきたいと制作チームは考えました。
子どもの安全に関するページ
ペルソナは子育て世帯なので、子どもの安全は非常に重要です。
一般的な注意事項として小さく載せるのではなく、独立したページとして目立たせるのがよい、と制作チームは考えます。
内容例
包丁・調理器具の収納位置
引き出しの開閉時の指はさみ注意
コンロ・IHまわりのやけど注意
洗剤・漂白剤の保管場所
食洗機の高温部への注意
小さな部品の誤飲注意
子どもが踏み台を使う場合の注意
チャイルドロック機能がある場合の使い方
特に大事な視点
「危険です」と書くだけではなく、子どもがやりがちな行動を想定して書くことが大切だと制作チームは考えました。
たとえば、
引き出しに乗る
調理中に手を伸ばす
包丁収納を開ける
洗剤を触る
熱い鍋に近づく
などの書き方です。
家族で使うための収納ガイド
このペルソナは、収納不足や片付けのしにくさに不満を持っています。
そのため、取扱説明書にも「収納の使い方」をきちんと入れるとよいだろう、と考えます。
単に「この引き出しには何kgまで」と書くだけでなく、どう使うと散らかりにくいかを提案したいと取説制作チームはアイディアを捻り出します。
内容例
引き出しごとのおすすめ収納例
重い鍋・フライパンの収納位置
子ども用食器の収納位置
よく使う調味料の置き場所
食品ストックの整理方法
調理家電まわりの収納ルール
取り出しやすさを保つための注意点
収納量の目安
耐荷重の注意
使いやすい表現
「使用頻度で分ける」掲載方法も良いのではないかと考えます。
毎日使うもの
週に数回使うもの
たまに使うもの
使う人で分ける
大人が使うもの
子どもも使うもの
子どもに触らせたくないもの
上記のように整理をして掲載していくと、ペルソナにとってかなり実用的な取説になるはずだ、このように制作チームは考えます。
いかがでしょうか。ここで考えたアイディアはごく一部です。もっと様々なアイディアが出てくると思います。取説制作チームは、「ペルソナに響く、使い勝手のよい取説を作りたい」と燃えています。意欲があります。
でも、この意欲、たいていの場合、実りません・・。
なぜ取説制作チームのやる気は削がれるのか
上記で紹介したような内容を取説チームは企画書に落とし込み、社内プレゼンをします。
おおよそこのような意見が出てくることが予想されます。
- ペルソナにとって良いことはわかるけれど、それ以外の使用者にとっては使いづらくないの?
- 今までの取説と内容が変わりすぎてしまうのはやめてほしい
- コストがかかりすぎるのでは?
- 取説はあくまで取説。商品コンセプトの世界観はカタログなどで表現するからでしゃばらないで
結果、取説制作チームが掲げた素晴らしい内容は実現しません。
このようなことが往々にして起こります。
結果、取説制作チームは、いくら興味深い商品コンセプト、ペルソナ設定が出てきたとしても、「結局何を提案しても却下されるでしょ」という気持ちになり、ルーティーンワークをこなすのみ、になってしまいます。
これは企業内の取説制作チームだけの話ではなく、外注となる制作会社も同様です。正直、「新しいことを取説でやりましょう!」と提案し、それがクライアント側に受け入れられることは稀です。大企業がクライアントの場合、顕著です。
だから取説ではペルソナによりすぎた表現はしづらい
取説は使用者全てが読んでわかりやすい物に仕上げる必要があるため、設定したペルソナによりすぎた表現は好まれません。
構成についても、一般的な取説の構成からガラッと変えてしまうと、読み手が面食らうこともあるため、避けられる傾向もあります。
ですので、商品コンセプトで決められたペルソナを、取説で十分に活かしていくことは難しいという現実があります。
かろうじてやれるとすると、ペルソナをイメージしたキャラクターイラストを入れていく程度でしょうか。
私自身、このような取説制作に関わっていました。ここに書いたことは、実体験に基づきます。実施できたことは、イラストにペルソナを反映させることくらいでした。
思い切ってペルソナに寄せた特別な取説を作ればいいのでは
しかし、私は、この状態がいいことだとは思いません。
せっかく商品コンセプトで設定したペルソナ、取説でも活かしていかなければ、意味がありません。
であれば、WEB限定などでもよいですが、ペルソナに寄せた取説を公開してはいかがでしょうか。
取説制作チームのモチベーションを上げさせることもできますが、なんといってもユーザーにとって「使いやすい取説」はLTVを上げることに役立つからです。
この記事が、取説を制作している皆様だけでなく、企業の方にも届けばいいなと思いながら、執筆いたしました。
最後に
住宅設備関係のマニュアルに、私は長く携わってきました。取説から取付設置説明書、カタログまで。ですので思い入れが強いです。
この業界は、思い切った変化を好まないところでもあります。ですので取説なども、大きな変化が生まれません。
が、このままでは良くないのでは、と考えます。ユーザーにとっても、そこで働く人たちにとっても。
微力ではありますが、何か変化を起こすきっかけ作りができたらいいな、そんなふうに思っています。
今日も最後までお読みいただき、ありがとうございました。

