はじめに
突然ですが、皆さん(マニュアル制作者の方ではなく、一般の方)はマニュアルを最初から最後まで読んだことがありますか?
例えば、新しい家電を買ったとします。箱を開けると製品と一緒に取扱説明書が入っています。さて、その取扱説明書を1ページ目から順番に読み始め、最後のページまでしっかり読んでから製品を使い始めるでしょうか。
もちろん、そういう方もいると思います。でも、おそらく多くの人は違うのではないでしょうか。正直、私もそうです。まず取説を全て読むことは、まあありません。
とりあえず製品を箱から出して使ってみる。わからないところがあったら取扱説明書を開く。最初の設定方法だけ確認する。エラーが出たら、そのエラーについて書かれているページを探す。あるいは紙の取扱説明書すら開かず、スマートフォンで検索して解決方法を探す。
そんな使い方をしている人の方が多いと思います。
これは製品の取扱説明書だけの話ではありません。社内で使われている業務マニュアルでも似たようなことが起こっているのではないでしょうか。仕事をするたびにマニュアルを1ページ目から読み返す人はいないお思います。わからないことが出てきたときに、必要なところだけ確認する。それが一般的な使い方ですよね。
マニュアルを作る側としては、少し寂しい話ではあります・・。時間をかけて100ページのマニュアルを作ったのなら、「できれば全部読んでほしい」と思いますよね。
でも、ここは思い切って割り切ってみてもいいのではないでしょうか。
「マニュアルは、全部読んでもらわなくてもいい」と。
むしろ、全部読まれないことを前提としてマニュアルを作った方が、実際には「使いやすいマニュアル」になるのではないか。今回は、そんなことを考えてみたいと思います。
「読んでもらうこと」がマニュアルの目的ではない
マニュアルを作っていると、いつの間にか「読んでもらうこと」が目的になってしまうこと、ありませんか?
せっかく作るのだから、できるだけたくさんの情報を載せたい。注意事項も漏れなく書いておきたい。商品の特徴も詳しく説明したい。操作方法についても、できるだけ丁寧に説明したい。とくにメーカーの設計者の要望を全て取り込んでいくと、このようになりがちです。
もちろん、それ自体が悪いわけではありません。正確な情報をユーザーに伝えることは大切ですしね。間違った使い方は故障のもとにもなります。長い意味で考えると、しっかりとした使い方をしていただき、長く商品を使ってもらった方がコスト的にもメリットがあります。
ただ、ここで一度考えてみたいのが、「ユーザーは何のためにマニュアルを読むのか」ということです。
例えば、プリンターの取扱説明書を開いている人がいるとします。その人の目的は「プリンターの取扱説明書を読むこと」でしょうか。
違いますよね。
「Wi-Fiに接続したい」「両面印刷の設定方法を知りたい」「紙詰まりを直したい」「インクを交換したい」など、何か別の目的があるはずです。その目的を達成するための手段として、取扱説明書を開いているだけです。
業務マニュアルも同じことが考えられます。
経費精算の方法がわからないからマニュアルを見る。新しいシステムへの入力方法がわからないからマニュアルを見る。お客様から問い合わせを受けて、対応方法を確認するためにマニュアルを見る。
つまりユーザーにとって、マニュアルを読むこと自体が目的になるケースはそれほど多くありません。
マニュアルを作る側は「どうすれば読んでもらえるだろう」と考えがちですが、本当に考えなければならないのは、「どうすればユーザーが目的を達成できるだろう」ということなのかもしれません。
そう考えると、「全部読んでもらう」という発想から少し離れられるような気がしませんか?
マニュアルは「読み物」ではなく「情報を取り出す道具」でもある
本にはいろいろな種類があります。
例えば小説なら、基本的には最初のページから読み始めます。いきなり200ページ目を開いて、そこだけ読んでもストーリーはよくわかりません。
辞書はどうでしょうか?
辞書を1ページ目から順番に最後まで読む人は、まずいないですよね。よほどのマニアでない限り。(個人的には辞書をすみからすみまで読むこと好きですが)
普通は、わからない言葉があったときに、その言葉が掲載されているページを探して、必要なところだけ読みます。
地図も似ているかもしれません。
東京へ行きたいのに、北海道から沖縄までの道路を全部確認する必要はありません。自分が現在いる場所から目的地までに必要な情報を確認できれば、それで役割を果たします。(もちろん辞書と同じで地図マニアの人は違いますが)
マニュアルも、どちらかといえば小説より辞書や地図に近いものかもしれません。
もちろん、最初から順番に読んでもらうことを想定したマニュアルもあります。しかし、多くのマニュアルは「必要になったときに、必要な情報を取り出す」という使われ方をします。
そう考えると、マニュアルの評価基準も少し変わってきませんか?
「100ページのマニュアルを何ページ読んでもらえたか」ではなく、「知りたい情報にどれだけ早くたどり着けたか」。
こちらの方が、実際の使いやすさを考えるうえでは重要です。
極端なことを言えば、100ページすべてを読まなければ目的の操作ができないマニュアルより、100ページあるけれど必要な1ページを30秒で見つけられるマニュアルの方が、使いやすいですよね。
全部読んでもらわないなら「探しやすさ」が重要になる
「全部読んでもらわなくていい」と考えると、マニュアル制作で重要になるポイントがあります。
それが「探しやすさ」です。
ユーザーがマニュアルを開いたとき、必要な情報がどこにあるのかわからなければ、どれだけ本文を丁寧に書いていても役に立ちません。
ここで重要になってくるのが、目次、見出し、索引、カテゴリー分け、ページタイトル、FAQ、アイコンなどです。Webマニュアルなら、サイト内検索や関連ページへのリンクなども重要ですよね。
そして意外と見落とされやすいのが、「ユーザーが探す言葉で情報が整理されているか」ということです。
例えば、作る側が「給紙トレイにおける用紙搬送異常への対処」というタイトルを付けていたとしても、ユーザーは「紙詰まり」で探しているかもしれません。
作り手が使っている言葉と、ユーザーが頭の中で使っている言葉が違えば、情報そのものが存在していても見つけてもらえません。
これ、実はよくあるんですよね。ユーザーとして知りたい内容(言葉)を、マニュアル内で見つけられない。それは、ユーザーがよく使う言葉と、メーカーが使っている言葉が違うから発生しています。取説を読んでいると、「これ、もう少しわかりやすい言葉で書いて欲しいなあ」と感じること、よくあります。
これはマニュアルにおける用語統一とも関係してきます。
同じ機能をあるページでは「設定」、別のページでは「セットアップ」、さらに別のページでは「初期登録」と呼んでいたら、ユーザーは情報を探しにくくなります。用語を統一することは文章を読みやすくするためだけではなく、「検索しやすくする」「目的の情報へたどり着きやすくする」という意味でも大切なのです。
つまり、マニュアルでは「文章がわかりやすいか」と同じくらい、「その文章を見つけられるか」が重要になります。
どれだけ素晴らしい説明を書いても、そのページにたどり着いてもらえなければ、その説明は存在していないのと同じですよね・・。
「必要なところだけ読んでもわかる」文章を意識する
全部読んでもらわないことを前提にすると、文章の書き方も変わってきます。
例えば、「前項で説明した設定を行ったうえで、次の操作をしてください」と書かれていたとします。
最初から順番に読んでいる人なら問題ありません。しかし、検索や目次からいきなりこのページへ来た人は、「前項で説明した設定って何?」となります。
「前述したように」「先ほど説明した」「上記の設定を行ってから」といった表現も同様です。
小説のように最初から順番に読む文章なら、それでも構いません。しかし、マニュアルは途中から読まれることが多い媒体です。
だからこそ、ある程度は「該当部分だけ読まれている」ことを前提に文章を作る必要があります。
もちろん、すべてのページを完全に独立させる必要はありません。複雑な操作では、前の手順を完了していることが前提になる場合もあります。
ただ、「このページだけを開いた人でも理解できるだろうか?」という視点を持つだけで、文章の作り方はかなり変わってきます。
必要であれば前提条件を簡潔に書いておく。関連する操作にはリンクや参照先を付ける。「前述の設定」ではなく具体的な設定名を書く。
こうした小さな工夫によって、途中から読んだ人でも理解しやすくなります。
マニュアルを書くときには、「最初から読んでいるユーザー」だけではなく、「突然このページにやってきたユーザー」を想像してみるといいかもしれません。
もちろん、あまりしつこくなりすぎない工夫は必要です。「この取説、何度も同じことを書いていてわかりづらいな・・」とユーザーが感じてしまうこともありますから。
このあたり、ライターとは別に、本でいう編集者のような人が、マニュアル作りでも必要になってくるかもしれないですね。そのような人がいる場合もありますが、スケジュール管理や予算管理などディレクションにおわれてしまい、そこまで気にして業務を進められる会社は少ないのが現実だとは思いますが・・。
それでも「絶対に読んでほしい情報」はある
ここまで「マニュアルは全部読んでもらわなくていい」という話をしてきました。
ただし、例外もあります。
安全に関する注意事項、重大な事故につながる可能性のある操作、製品を使用する前に必ず行わなければならない設定、禁止事項などです。
こうした情報については、「読まなくてもいい」と割り切るわけにはいきません。掲載は必ず必要です。
では、どうすればいいのか考えてみたいと思います。
一つの考え方は、「全部読んでください」とお願いするのではなく、「絶対に読んでほしい情報がわかるようにする」ことがあります。
すべての情報を同じ強さで見せてしまうと、本当に重要な情報が埋もれてしまいます。
何でも太字にすると、結局どこが重要なのかわからなくなります。注意マークを大量に付ければ、一つひとつの注意マークが目立たなくなります。「重要」「注意」「必ず確認してください」が何度も登場すれば、ユーザーは次第に読み飛ばすようになるかもしれません。
だからこそ、情報には優先順位が必要になってきます。
「読まなくても困らない情報」「必要になったら確認すればいい情報」「使用前に確認してほしい情報」「絶対に理解してもらわなければならない情報」。
それぞれを整理して、重要度に応じて見せ方を変える。
「全部読んでほしい」という気持ちを少し手放すことで、逆に「ここだけは絶対に読んでほしい」という情報を目立たせることができるのではないでしょうか。このあたり、マニュアルの設計段階で考えておきたいですね。
作る側と使う側には、ちょっとした温度差がある。。
マニュアルを作る側と使う側には、どうしても温度差が出てきますよね。当たり前ですが・・。
作る側は、何週間、場合によっては何か月もかけてマニュアルを作ります。構成を考え、原稿を書き、イラストを作り、レイアウトを整え、何度も校正して完成させます。
そうすると当然、「ちゃんと読んでほしい」と思います。私もそうでした。
でも、ユーザーにとってマニュアルは、目的を達成するための道具の一つ、なんですよね・・。
忙しい仕事の途中で操作方法がわからなくなった人に、「まず50ページのマニュアルを読んでください」と言っても、おそらく嫌がられます。「えー、マニュアル読むの??」となります。
その人が欲しいのは、50ページ分の知識ではなく、「今困っていることを解決してくれる情報」だから、ですよね。
これは、作り手としては少し寂しいこと、かもしれませんが・・。
でも、ユーザーがマニュアルをほとんど読まず、必要な情報だけ見て問題を解決し、「助かった」と思って閉じたのなら、そのマニュアルは十分に役割を果たしているのではないでしょうか。
むしろ、それは理想的な使われ方の一つなのかもしれません。
さいごに
マニュアルを作っていると、「どうすれば読んでもらえるか」ということを考えますよね。マニュアル制作者の皆さんにはよくわかっていただけると思います。とくに、真剣にマニュアル作りと向き合っていらっしゃる方に。
文字を減らした方がいいのか。イラストを増やした方がいいのか。文章をもっとやさしくした方がいいのか。デザインを工夫した方がいいのか。
私もそう言ったことを日々考えていました。
ただ、その前に一度考えてみてもいいのではないでしょうか。
「そもそも、全部読んでもらう必要があるのだろうか?」と。
必要なときに開いて、知りたい情報がすぐに見つかる。途中から読んでも内容が理解できる。困っていることが解決したら、すぐに閉じることができる。そして、また困ったときには「あのマニュアルを見ればわかる」と思い出してもらえる。
そんなマニュアルも、十分に良いマニュアルだと思います。
100ページのマニュアルを100ページ読んでもらうことよりも、その人が今必要としている1ページに30秒でたどり着けること。マニュアル制作では、そんな視点も大切なのではないでしょうか。
マニュアルは「読んでもらうためのもの」であると同時に、「使ってもらうためのもの」でもあります。そう考えると、マニュアル制作で目指すものも少し変わります。
「最後まで読んでもらえるマニュアルを作ろう」ではなく、「必要なときに、必要な情報が見つかるマニュアルを作ろう」。
マニュアルは全部読んでもらわなくてもいい。そう割り切ってみることが、実は「本当に使いやすいマニュアル」を考える第一歩になるのかもしれませんね。
ただ、これを会社の会議などで大っぴらに話しをしてしまうと、偉い方から反発されてしまうこともあるかもしれませんので、ご注意ください・・。「そのようなことを言うなら、予算削減できるな」って言われそうですからね・・。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
