はじめに
マニュアル作りにおいて、実は気をつけないといけないことの一つが「言葉の揺れ」です。
マニュアル制作者の方であれば、身に沁みてわかっていらっしゃることではありますが。。
今日はこの問題について、取り上げてみます。
文章そのものは難しくない。説明もそれなりに書いてある。それなのに、なぜかスッと頭に入ってこない。
そんなとき、原因のひとつになっているのが「言葉の揺れ」です。
たとえば、同じ人のことを、
「ユーザー」
「利用者」
「使用者」
と、ページによって違う呼び方をしていたらどうでしょう。
書いている側としては、「どれも同じ意味だから問題ない」と思うかもしれません。
でも、初めて読む人からすると、
「ユーザーと利用者は違う人なのかな?」
「使用者には管理者も入るのかな?」
と、ちょっとした迷いが生まれます。
同じことは、機械や設備のマニュアルでも起こります。
あるページでは「電源ボタン」。
別のページでは「電源スイッチ」。
さらに別のところでは「POWERボタン」。
これが全部同じものを指していたら、読み手としては少し困ります。
「別のボタンがあるのかな?」
と一瞬考えなければならないからです。
こうした小さな引っかかりが積み重なると、マニュアル全体が読みにくくなってしまいます。
そこで大切になるのが「用語の統一」です。
ですので、多くのマニュアル制作者の方は、マニュアル制作に入る前、用語の統一についても考えます。
そして、この用語統一や用語集づくりには、生成AIが使えるのではないでしょうか。
今回は、マニュアル制作において、なぜ用語集が大切なのか。そして、ChatGPTなどの生成AIを使って、どうやって用語集づくりを効率化できるのかを考えてみたいと思います。
マニュアルの読みにくさは「言葉の揺れ」から生まれ
普段の文章では、同じ言葉を何度も繰り返さないように、あえて言い換えることがあります。
たとえば「会社」という言葉が何度も続くなら、
「企業」
「当社」
「組織」
などに言い換えたほうが、文章としては自然に感じることもあります。
ところが、マニュアルの場合は少し事情が違います。
むしろ、同じものは、ずっと同じ名前で呼んだほうが分かりやすい、というケースが多いのです。
一度「電源ボタン」と説明したのであれば、その後も「電源ボタン」と書く。途中から「電源スイッチ」に変えない。これだけでも、読み手の迷いはかなり減ります。
マニュアルでは、文章表現を豊かにすることよりも、
「この言葉が出てきたら、これを意味する」という関係をはっきりさせることのほうが大切になります。
一度「スタートボタン」という言葉を覚えたのに、次のページでは「開始ボタン」、その次では「STARTキー」と書かれていたら、読み手はそのたびに、「これって同じもの?」と頭の中で確認しなければなりません。
たった一瞬のことですが、これが何度も続くと結構疲れます。
マニュアルにおける用語統一は、単なる文章の見た目の問題ではありません。
読み手に余計なことを考えさせないための工夫であり、マニュアル制作者の技術でもあります。
用語統一は「最後の校正」ではなく「最初の設計」
用語統一というと、マニュアルが完成したあとに、
「ここは“ユーザー”なのに、こっちは“利用者”になっていますね」
と直していく作業を思い浮かべるかもしれません。
もちろん、最後にチェックすることも必要です。
ただ、本当はもっと早い段階でやっておいたほうが楽です。この辺りは、マニュアル制作のプロであれば、よくわかっていらっしゃることですが。。
仮に、
対象読者を決める→
マニュアルで説明する範囲を決める
→
構成を決める
→用語を決める
→文章を書く
という流れでマニュアル作りを行うとします。
つまり、この流れだと、文章を書き始める前に、
「このマニュアルでは、この人を何と呼ぶか」
「この操作を何と呼ぶか」
「この部品を何と呼ぶか」
を決めることになります。
この形は、特に複数人でマニュアルを作る場合は、かなり効果があります。
たとえば3人で原稿を分担したとします。
この3人が、対象者をそれぞれ下記のように書いてしまったとします。
Aさんは「ユーザー」。
Bさんは「利用者」。
Cさんは「使用者」。
それぞれの文章だけを見れば、特に間違ってはいません。
でも、1冊のマニュアルにまとめるとバラバラです。完成後に全部直す必要が出てきますよね。
さらにもう一つ考えてみます。
「登録」
「保存」
「確定」
のような言葉について、です。
単なる言い換えなら統一すればいいのですが、実際には別の操作を意味しているかもしれません。
ライティングする担当者の書き方が統一されていないと、グチャグチャな内容になりますし、校正の段階でも混乱が生じます。
「この“登録”は“保存”に直してもいいんだっけ?」など・・・。
最初から言葉の意味を決めておけば、こうした手戻りを減らせますよね。
だから、用語統一は最後に行う校正というより、「マニュアルの最初に行う設計」として進行すべきです。
そこで作るのが「マニュアル用語集」
そこで、多くのマニュアル制作者の方が、原稿作成前に準備をするものが「マニュアル用語集」です。
Excelやスプレッドシートに、よく使う言葉と、意味をまとめていきます。
たとえば、
「ユーザー」
使用しない表現:利用者、使用者
意味:製品を操作する一般的な人
備考:管理者とは区別する
「保存」
使用しない表現:登録、記録
意味:入力・編集した内容を保持する操作
備考:「新規登録」とは区別する
といった感じです。
これがあるだけでも、書く人によって表現が変わるのをかなり防げます。
また、「用語」と「表記」は少し分けて考えたほうがよいでしょう。
たとえば、
「ユーザー/利用者」
は用語の違いです。
一方で、
「問い合わせ/お問い合わせ」
「できる/出来る」
は、どちらかというと表記の違いです。
どちらもそろっていたほうが読みやすくなります。
ただ、ターゲットが限られる、制作にかけるコストも限られる、などであって、優先順位をつけるなら、まずは用語かなとは思います。
「問い合わせ」と「お問い合わせ」が混ざっていても、意味を取り違えることはあまりありません。
でも、「ユーザー」と「管理者」が曖昧だったら、操作する人を間違える可能性があります。
まずは、
「同じものを何と呼ぶか」から決めていくのがおすすめです。
AIなら既存資料から「用語の揺れ」を見つけられる
「用語集が大事なのは分かった。でも、作るのが大変そう」とは思いますよね。
実際、ゼロから用語集を作るのは意外と手間がかかります。
特にすでに、マニュアル・仕様書・Webサイト・FAQ・カタログなど、たくさんの資料がある場合は大変ですよね。過去どのように表現されていたのかの調査が必要です。
全部を読み返して、
「これは用語集に入れたほうがいいかな」
「こっちでは違う呼び方をしているな」
と探していくのは、なかなか大変です。
ただ、今わたしたちは、AIの活用という武器を手に入れることができました。このような情報の整理はAIが得意ですよね。
既存のマニュアルや資料をChatGPTなどに読み込ませて、用語候補を拾ってもらうのはどうでしょうか。
たとえば、こんなプロンプトが使えます。
【プロンプト例】
添付したマニュアルを確認し、用語統一が必要と思われる言葉を抽出してください。
特に、
・製品名
・部品名
・画面名称
・操作名称
・人物や役割の名称
・業務上の重要な用語
を優先してください。
同じ意味で使われている可能性がある異なる表現があれば、グループにして一覧化してください。
結果は、
『用語候補/類似表現/使用箇所の傾向/統一が必要と思われる理由』
の形式で整理してください。
ポイントは、単に「頻出する単語を出してください」と頼むのではなく、
「同じ意味で使われている可能性がある表現を探して」
とお願いする部分です。
たとえば、先ほど例にあげた、
「ユーザー」
「利用者」
「使用者」
という3つの言葉があったとします。
普通の文字検索なら、それぞれ何回出てくるかは分かります。
でも、「これらは同じ人を指しているのでは?」というところまでは判断してくれません。
AIなら、前後の文章を見ながら、「同じ意味で使われている可能性があります」と候補を出してくれます。
これは用語集づくりではかなり便利です。人でも行うことはできますが、全ての資料を読み込むには時間がかかってしまいます。時短の意味でもAIは便利ですよね。
AIを使って「用語集のたたき台」を作る
用語候補が集まったら、次は用語集の形にまで、AIに整理してもらいましょうか。
たとえば、こんなプロンプトを使ってみます。
【プロンプト例】
先ほど抽出した用語候補をもとに、マニュアル制作用の用語集のたたき台を作ってください。
項目は、
・推奨用語
・使用しない表現
・意味、定義
・使用例
・注意点
としてください。
なお、どの言葉を正式な用語にすべきか判断できない場合は、勝手に決定せず『要確認』としてください。
ここで大切になるのは、AIに何でも決めてもらわないことですね。
AIは、かなり自然な案を出してくれます。
でも、その会社や製品の正式名称まで知っているとは限りません。
たとえばAIが「電源ボタンに統一しましょう」と提案しても、実際の製品パネルには「POWER SW」と書いてあるかもしれません。
ですので、まずは、
「用語集を完成させてもらう」のではなく、「たたき台を作ってもらう」くらいの使い方がちょうどよいと思います。
また、AIには「言葉が難しくないか」をチェックしてもらうこともできます。
たとえば、初心者向けのマニュアルなら、このようにチェックしてもらうことはどうでしょうか。
【プロンプト例】
この用語集の中から、製品を初めて使う人には意味が分かりにくいと思われる専門用語を抽出してください。
それぞれについて、
・そのまま使用してよい
・初出時に説明を加えたほうがよい
・より平易な言葉への置き換えを検討したほうがよい、の3段階で分類してください。
これなら、ただ用語をそろえるだけでなく、「この言葉、読者に通じるかな?」という視点も加えられます。
以前であれば、経験のあるライターにチェックしてもらっていたような内容をAIに依頼することもできそうですね。
AIに任せる部分、人間が決める部分
AIを使って用語集を作るときに、気をつけておきたいこと、
それは、最終判断までAIに任せないということです。
AIが得意なのは、見つける・比較する・整理する・候補を出す、といった作業です。
一方で、
「会社として何と呼ぶのか」
「製品としての正式名称は何なのか」
「実際の現場では何という言葉が一番通じるのか」
という判断は、人間がすべきです。
たとえば正式名称が、
「非常停止押ボタンスイッチ」だったとします。
でも、現場では誰もそんな呼び方をせず、「非常停止ボタン」と呼んでいるかもしれません。
だからといって、正式名称を無視してよいとも限りません。
こんなときは、
「非常停止押ボタンスイッチ(以下、非常停止ボタン)」
として、その後は「非常停止ボタン」に統一する。
そんな方法もあります。
こういった判断は、製品担当者や現場担当者、マニュアル制作者で確認して決めていくべきですよね。
AIに「正解を決めてもらう」のではなく、「人間が決めやすいように整理してもらう」と考えて、うまく付き合っていきたいです。
用語集は「作って終わり」ではなく、AIで育てていくことも考える
用語集は、一度作ったら完成というものでもありません。
製品に新しい機能が追加されたり、新しいサービスが始まったりすれば、新しい言葉も増えていきます。
マニュアルも改訂されますよね。WebサイトやFAQも増えていきます。
そこで、作った用語集をAIのチェック基準として使う方法を考えてみましょう。
たとえば、新しく書いたマニュアル原稿と用語集を一緒に読み込ませて、こんな指示をします。
【プロンプト例】
添付した用語集をルールとして、新しいマニュアル原稿をチェックしてください。
特に、
・用語集で使用しないことになっている表現
・推奨用語と異なる言い方
・同じ意味で複数の表現が使われている箇所
・新しく用語集へ追加したほうがよい言葉を抽出してください。
修正が必要な場合は、
『該当箇所/現在の表現/推奨表現/修正理由』
の形式で整理してください。
このようにAIを活用すれば、新しい原稿を作るたびに「用語チェック」をすることができます。
さらに、用語集を使う範囲をマニュアルだけに限定する必要もありません。
Webサイト・FAQ・営業資料・カタログ・動画マニュアル、などにも広げられます。
Webサイトでは「会員登録」。
FAQでは「利用者登録」。
マニュアルでは「アカウント作成」。
もし全部同じことを指しているのであれば、利用する人にとっては少し分かりにくいですよね。
用語は、会社がユーザーと、どんな言葉でコミュニケーションするのかを決めるルールにもなっていきます。用語統一はマニュアルの上だけでなく、ユーザーコミュニケーション全体において、重要な役割を果たしています。
最後に
用語集の作成は、地味な仕事でもあるため、嫌だな、あまり得意ではないな、と感じるマニュアル制作者の方もいるかもしれません。だからこそ、生成AIが活躍しそうです。
生成AIというと、「文章を書いてもらう」「マニュアルを作ってもらう」「文章を要約してもらう」といった使い方がまず思い浮かぶかもしれません。
もちろん、そうした使い方も便利です。
でも、AIが活躍できるのは、文章を書く場面だけではありません。
マニュアルを書く前に、既存資料から用語を拾う。似た意味の言葉を探す。用語集のたたき台を作る。新しい原稿と用語集を照らし合わせる。こうした作業にも、AIはかなり使えます。
生成AIをマニュアル制作に使ってみたい。
でも、いきなり本文を書かせるのは少し不安。
そんな場合は、まずAIと一緒に「言葉のルール」を作るところから始めてみるのもよいかもしれません。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

