はじめに
会社の中では、さまざまな場面で業務マニュアルが作られます。
たとえばこのような場面が考えられます。
・新人教育のため。
・担当者が異動・退職するときの引き継ぎのため。
・業務のやり方を統一するため。
・ミスや抜け漏れを防ぐため。
・属人化をなくし、誰でも一定の品質で仕事ができるようにするため。
このように、業務マニュアルには多くの役割があります。
特に、担当者ごとにやり方が違っていたり、口頭説明だけで仕事が引き継がれていたりする職場では、マニュアルを整備することで大きな効果が期待できますよね。
私が今働いている会社でも、人の出入りが多かったりするので、マニュアル整備が肝になってきています。
「この作業は、どの順番で進めるのか」
「どこを確認すればよいのか」
「困ったときは誰に聞けばよいのか」
といった情報が整理されているだけでも、新しく入社して、仕事を進める人にとっては大きな安心材料になりますよね。
逆にいうと、これらがないと、全て口頭での説明を受けて、となり、「早く仕事を覚えなければ」というプレッシャーも重なり、マニュアル等を整理していない会社側に問題があるのに、「口頭での説明を覚えられない自分が悪い」と、入社してくれた方の方が自分を責めはじめてしまい、結果、離職ということにもなってしまいなす。
(何を隠そう、前職での自分がそうでした・・)
ただここで考えたいことがあります。
業務マニュアルはどのような場合でも、万能なのか、ということです。
なぜこのようなことを考えるかといいますと、どのような仕事でも、マニュアルにまとめれば簡単に伝わる、というわけではないからです。
たとえば、決まった画面に入力していく事務処理は、比較的マニュアル化しやすい業務です。
画面キャプチャを使いながら、手順を順番に説明すれば、初めて作業する人でも理解しやすくなります。
一方で、お客様からのクレーム対応や、営業時の提案内容の組み立て、デザインの良し悪しの判断などはどうでしょうか。
基本的な流れや注意点をまとめることはできますが、「この通りにやれば必ずうまくいく」というマニュアルを作るのは簡単ではありません。なぜなら、相手の状況やその場の空気、経験による判断、創造的な工夫などが関わってくるからです。
つまり、業務マニュアルを作るときに大切なのは、単に「マニュアルを作るかどうか」ではありません。
その業務がマニュアルに向いているのか。
どこまでマニュアル化できるのか。
マニュアルだけで伝えるべきなのか。
それとも、動画やOJT、事例集、チェックリストなどと組み合わせるべきなのか。
このように、仕事の性質に合わせて「伝え方」を考えることが重要なのではないでしょうか。そのあたりについて、今回は考えていきます。
マニュアル化しやすい業務の特徴は?
業務マニュアルに向いている仕事には、いくつかの共通点があるのではと思います。
まず代表的なのは、手順が決まっている業務です。
たとえば、社内申請の方法、請求書の発行、受発注処理、データ入力、出荷準備、備品発注、勤怠処理、システムへの登録作業などです。
これらの業務は、作業の流れを順番に説明しやすいという特徴があります。
・最初に何を確認するのか。
・次にどの画面を開くのか。
・どの項目に何を入力するのか。
・入力後にどのボタンを押すのか。
・完了後に誰へ報告するのか。
こうした流れを一つひとつ整理すれば、マニュアルとして形にしやすくなりますよね。
特に、パソコンやシステムを使う業務では、画面キャプチャを入れることで理解しやすくなります。
文章だけで「メニューから申請画面を開く」と書くよりも、実際の画面画像に印を付けて説明した方が、読む人は迷いにくくなります。
このような画面キャプチャ入りの業務マニュアル、よく目にされるのではないでしょうか。また、そのように業務マニュアルを作られたことがある方、多いのではないでしょうか?
次に、判断基準が明確な業務もマニュアル化しやすい業務です。
たとえば、次のような判断基準が考えられます。
・「金額が10万円以上の場合は上長承認が必要」
・「在庫が20個以下になったら発注する」
・「この項目に不備があれば差し戻す」
・「この条件に当てはまる場合はA対応、それ以外はB対応」
・「傷の大きさが基準を超えていれば不良品として報告する」
このように、判断の基準を言葉にできる業務は、マニュアル化に向いています。
判断が入る仕事というと、一見マニュアル化が難しそうに感じます。
しかし、判断の分岐が整理できるのであれば、フローチャートや表を使ってわかりやすくまとめることができます。
たとえば、「問い合わせ内容によって担当部署を振り分ける」という業務であれば、
・商品に関する問い合わせは営業部へ
・請求に関する問い合わせは経理部へ
・不具合に関する問い合わせは品質管理部へ
というように、対応先を整理が出来ていきます。
このような場合は、長い文章で説明するよりも、一覧表やフローチャートにした方が使いやすいマニュアルになりますね。
また、ミスが起こりやすい定型業務も、マニュアル化の効果が出やすいのではないでしょうか。
たとえば、
・入力漏れ
・確認漏れ
・添付ファイルの付け忘れ
・保存場所の間違い
・連絡先の間違い
・作業順序の抜け
など、同じようなミスが繰り返される業務です。
このような業務では、単に手順を説明するだけでなく、注意点やよくあるミスを一緒に書いておくと効果的です。
・「ここでファイル名を必ず確認する」
・「送信前に添付ファイルを開いて内容を確認する」
・「入力後は別の担当者がダブルチェックする」
・「この欄は空欄にしない」
このようなポイントが明記されているだけでも、ミスの発生を減らすことにつながります。
ポイントは目立つように、色をつける、太字にする、アイコンをつける、など、ひと工夫をマニュアルに加えることもおすすめです。
さらに、作業中に確認するためのチェックリストを用意するのも有効です。
マニュアルは、仕事のやり方を学ぶための資料です。
一方、チェックリストは、実際の作業中に抜け漏れを防ぐための道具です。
この2つを分けて考えることで、より実用的なマニュアルになりますね。
ここでご紹介したような業務は、マニュアル化することで効果があるもの、と言えます。
マニュアルだけでは伝わりにくい業務の特徴
一方で、業務マニュアルだけでは伝えにくい仕事もありますよね。
それらを考えていきます。
代表例は、相手によって対応が変わる業務です。
・営業
・接客
・電話応対
・相談対応
・クレーム対応
・採用面接
・社内調整
などがこの業務に該当します。
これらの仕事には、基本的な流れがあります。
たとえば、電話応対であれば、最初に名乗り、相手の用件を聞き、必要に応じて担当者へつなぎ、最後に内容を記録する、といった流れはマニュアル化できます。
しかし、実際のやり取りでは、相手の状況によって対応が変わります。
・急いでいるお客様なのか。
・不満を持って連絡してきたお客様なのか。
・まだ何を相談したいのか整理できていない相手なのか。
・長年取引のあるお客様なのか。
・初めて問い合わせをしてきた人なのか。
このような違いによって、適切な言葉づかいや説明の順番、対応の仕方、時間の掛け方は変わります。
そのため、「このセリフを言えばよい」という台本のようなマニュアルだけでは、現場で使いにくくなることがあります。カスタマーサポートの現場にいらっしゃる方であれば、よくわかるのではないでしょうか。
むしろ、このような業務では、細かい言い回しをすべて決めるよりも、対応の基本方針を整理する方が役立ちます。
たとえば、
・「まず相手の話を最後まで聞く」
・「事実確認と感情への配慮を分けて対応する」
・「その場で判断できないことは約束しない」
・「回答できない場合は、確認して折り返す」
・「記録を残し、関係者に共有する」
といった考え方です。
以前の仕事で、とある企業のカスタマーサポートセンターにおける業務の整理というご依頼をいただいたことがありました。あるあるですが、このような部署では、社員は少なく、派遣社員の方が多い、という状況になります。管理をする立場となる社員の方の負担が大きいことはもちろんですが、派遣社員の方同士においても仕事の進め方の差が発生することもあり、現場がバラバラになってしまっているということがよくあります。
まずは各人の現状把握をするところから始めましたが、結論、「マニュアルによって」課題を解決する、には至りませんでした。大切なのは、マニュアルを準備することだけではない、という状況だったのです。
また、経験や勘に頼る部分が多い業務も、マニュアル化が難しい仕事です。
たとえば、製造現場での微妙な仕上がり確認、機械音や振動による異常の察知、職人の手作業、現場での段取り判断、商談時の空気の読み方、デザインや文章の品質判断などです。
こうした業務では、ベテラン社員が自然に行っている判断を、本人も言葉で説明しきれないことがあります。
・「なんとなく違和感がある」
・「この音はいつもと違う」
・「この仕上がりは少し粗い」
・「このお客様には、先にこの話をした方がよい」
このような判断は、長年の経験の中で身についたものです。
そのため、単純な手順書にしてしまうと、本当に大切な部分が抜け落ちてしまうことがあります。
ただし、だからといって何もマニュアル化できないわけではありません。
このような業務では、「手順」ではなく「判断ポイント」をまとめることが大切です。
・ベテランはどこを見ているのか。
・何を聞いて判断しているのか。
・どの状態を危ないと感じているのか。
・過去にどのような失敗があったのか。
・初心者が見落としやすいポイントはどこか。
こうした情報を集めることで、完全な手順書ではなく、判断のヒントになる資料を作ることができます。
最近は、AIの活用により、ベテラン社員のカンコツをマニュアル化する動きも出てきています。
音による判断なども、AI活用によりマニュアル化、システム化しやすくなってきています。
また、状況変化が大きい業務も、固定的なマニュアルには向いていないのかもしれません。
たとえば、災害対応、システム障害対応、緊急トラブル対応、納期遅延時の調整、大きなクレームの二次対応などです。
このような業務では、事前にすべてのパターンを想定することは困難という面があります。
無理にすべてをマニュアルに書こうとすると、ページ数ばかりが増え、いざというときに読まれない資料になってしまいます。
緊急時に必要なのは、分厚いマニュアルではなく、まず何を確認し、誰に連絡し、どの順番で判断するかです。
こうした業務では、詳細な手順書よりも、初動対応の流れ、連絡先一覧、判断の優先順位、してはいけないことをまとめた資料の方が役立つことが考えられます。
ただ、マニュアルを作らなくても良い、というわけではありません。マニュアルを作ることで、それらトラブルが発生したときにどのような行動を取るべきか、というシミュレーションを行うこともできます。
マニュアルだけに頼るという状況に至らないよう、考え続けられる、柔軟な対応ができる組織づくりが大切になります。
業務内容によって、適した伝え方は変わるはず
業務マニュアルを作るときには、「どの形式で伝えるか」を考えることも大切です。
すべての業務を同じ形式のマニュアルで説明しようとすると、どうしても無理が出てきます。
手順が決まっている業務であれば→手順書が向いています。
システム操作や事務処理であれば→画面キャプチャ付きのマニュアルが効果的です。
作業の流れが重要な業務であれば→フロー図を入れると理解しやすくなります。
ミスを防ぎたい業務であれば→チェックリストが有効です。
判断が必要な業務であれば→フローチャートや判断基準表が向いています。
このように業務に合わせた表現形式を考えて行ってはいかがでしょう。
また、
問い合わせ対応やクレーム対応のような業務であれば、対応方針、トーク例、NG例、事例集などが役立ちます。
トーク例を「暗記するセリフ」として使うのではなく、考え方を理解するための参考例として位置づけることがおすすめです。
それは、実際の現場では、相手の反応によって言葉を変える必要が出てくるからです。そのため、良い対応例だけでなく、避けるべき対応例も一緒に示すと理解が深まります。
他には、
技術や経験が必要な業務であれば、写真や動画を活用するのも有効ですね。
文章だけでは伝えにくい手の動き、道具の使い方、力加減、作業姿勢、仕上がりの違いなどは、写真や動画の方がわかりやすい場合があります。たとえば、機械の点検作業や清掃作業、製品の組み立て、検品作業などでは、文章だけで細かく説明するよりも、実際の作業の様子を見せた方が伝わりやすくなります。
「何をすればよいか」だけでなく、
「どう考えればよいか」
「どのような状態を目指すのか」
「どこを見て良し悪しを判断するのか」
を社内の関係者で共有して、適した表現を考えていけると良いのではないでしょうか。
マニュアル化が難しい業務の補い方
マニュアル化が難しい業務の場合、どのように対応すべきなのでしょうか?
ここで気をつけたいことが一つあります。
それは、「この仕事はマニュアル化できない」と考えて、何も残さないこと、という選択肢についてです。
確かに、営業対応やクレーム対応、企画業務、現場判断などは、完全な手順書にはしにくい仕事です。
しかし、まったく文書化できないわけではありません。
むしろ、こうした業務こそ、考え方や判断基準を少しずつ言語化していくことが重要な場合があります。
たとえば、クレーム対応であれば、すべてのケースに対応できる完璧なマニュアルを作るのは難しいかもしれません。しかし、次のような情報は整理できるのではないでしょうか。
・最初に確認すべき項目。
・相手に伝えてはいけない表現。
・その場で判断してよい範囲。
・上司に報告すべきケース。
・過去に起きたクレームの内容。
・実際に行った対応。
・その対応が良かったのか、改善が必要だったのか。
このような情報を事例集として蓄積していけば、新しく担当する人にとって大きな助けになりますよね。
営業活動においても同じことが考えられます。
優秀な営業担当者の会話をすべてマニュアル化することは難しいかもしれません。
しかし、商談前に確認している情報、提案時に意識していること、失注しやすいパターン、よくある質問への答え方、初回訪問時の注意点などは整理できますね。
それらをまとめることで、経験の浅い人でも、ベテランの考え方に近づきやすくなり、営業活動の成果につながります。
製造や点検の現場でも、熟練者の感覚をすべて文章にすることは難しいですよね。これ、本当に難しいです。私は自動車のサービスマニュアルや教育マニュアル制作に携わっていましたので、実感しています・・。
ただ、対応できる部分はあります。「初心者が見落としやすい異常」「過去に起きたトラブル」「注意して見るべき箇所」「正常な状態と異常な状態の写真比較」などは形に残しやすいですよね。
このように、マニュアル化が難しい業務では、業務全体を無理に手順書にするのではなく、次のような形で補うとよいでしょう。
判断基準集。
事例集。
よくある質問集。
失敗事例集。
写真付きの比較資料。
ベテランのコメント集。
OJT用のチェックシート。
いかがでしょうか。
このような場合、意識したいことは、「完全なマニュアルを作ること」ではなく、
「人によってばらつきやすい判断や対応を、少しでも共有できる形」にすることです。
まとめ
業務マニュアルは、会社の仕事を標準化し、教育や引き継ぎをスムーズにするために役立つものです。
しかし、すべての業務を同じ形のマニュアルで説明しようとすると、うまく伝わらないことがあります。
ある意味、あるあるではないでしょうか。
「なんかたくさんマニュアルあるけれど、よくわからないな」という社員さんの声。
「せっかく各業務のマニュアルを作ったのに、全然使われないな」という制作者の声。
大切なのは、マニュアルを作ること自体を目的にしないことです。
その業務を、誰に、どこまで、どのように伝えたいのか。
何を標準化したいのか。
どのようなミスや迷いを減らしたいのか。
どの部分は手順として説明でき、どの部分は事例や経験で補う必要があるのか。
こうした視点で考えることで、業務マニュアルは単なる資料ではなく、実際に使われる教育・共有の道具になります。
業務マニュアルは、すべての仕事を同じように説明するものではありません。
仕事の性質に合わせて、伝え方を選ぶための道具ですよね。だからこそ、マニュアルを作る前に、その業務がどのような特徴を持っているのかを見極めることが大切ではないでしょうか。
マニュアル化しやすい部分は、わかりやすく整理する。
マニュアルだけでは伝わりにくい部分は、動画、OJT、事例集、チェックリストなどで補う。
このように考えることで、会社の中の知識や経験は、より伝わりやすく、引き継ぎやすいものになっていきます。
マニュアル制作者の皆様は、外部のための商品マニュアルなどだけでなく、社内の業務マニュアルに携わることも多いかと思います。業務マニュアルの場合、ある意味、「本当にマニュアルが必要なの?」という疑問からスタートしてみることが必要かもしれませんね。それによって仕事がなくなってしまうかもしれませんが・・・。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
